活動状況
地域メディアプラットフォーム研究会
主 査 : 脇浜紀子
幹 事 : 米谷南海
研究会主旨:
本研究会では、収益性と公益性の両立という課題に直面している地域メディア事業に着目し、分散・協働型社会に向けた地域メディアの新しい制度設計と経営モデルを検討する。
米国では、調査報道の分野で住民の寄付と企業の協賛金が支える非営利メディアが注目されたり、クラウドファンディングで資金調達をするメディアが現れたりしており、それを持続的に支える組織も誕生している。日本においてもシビックテックのような、市民が自発的に行政や企業と協力して地域課題を解決する新たな取り組みがある。
本研究会では、それを地域メディアの文脈で議論し、新たな地域メディアプラットフォームの構築に向けた議論を深める。
第2回地域メディアプラットフォーム研究会 報告
日 時 :
2018年2月6日(火)17:30~18:50
場 所 :
テーマ :
もはやマスメディアは存在しない!? 日本の未来を行く小国のメディアプラットフォーム事情とは
報告者 : 吉田和充氏(ニューロマジックアムステルダムCEO、クリエイティブディレクター)
司 会 : 脇浜紀子(京都産業大学)
報告概要 :
1. はじめに
オランダは九州と同程度の広さの国土に1,700万人の人口を抱える小国でありながら、日本に35年ほど先んじて、1980年代初頭から働き方改革や教育改革に着手してきた。その結果、現在では「世界で最もワークシェアが進んでいる国」「世界で最も子どもが幸せな国」という称号を得るまでになっている。また、首都アムステルダムも、欧州で最も多様性の高い都市であるといわれているほか、2016年にはEUの「Innovation Capital of the Year」を受賞している。第2回研究会では、様々な先進的取組みから世界の注目を浴びるオランダのメディア事情について、以下の三つの切り口から報告する。
2. オランダのメディア事情
(1) スロージャーナリズム
「スロージャーナリズム」という言葉を初めて用いたとされる英ローハンプトン大学のスーザン・グリーンバーグ上級講師によれば、その定義は「調査に時間をかけ、ほかの媒体が見落とすようなトピックを見つけ、最も高い水準」で伝えるエッセー、ルポ、そのほかのノンフィクションであるという(Suzan Greenberg, 2007, “Slow journalism”, Prospect)。オランダ本土は12の行政区分(州)に分かれており、地方分権が進んでいるため、地域メディアの存在感は元々強かったが、最近ではスロージャーナリズムを実践するオンライン・ニュースメディアが台頭し始めている。
例えば、有名な若手ジャーナリストがファンド・レイジングによって2013年に創刊した、完全有料購読制の「de Correspondent(https://decorrespondent.nl/)」がある(月額6EUR又は年額60EUR)。記事はすべて署名記事で、移民の是非など、答えのないトピックを取り上げることが多い。また、読者が記事にコメントを付すことを「貢献(Contribution)」と呼び、読者が情報を追記したり、記者に質問をしたりすることが可能な仕組みを作っているほか、記者と読者が集うイベントを定期的に開催するなど、双方向コミュニケーションを重視しているところが特徴となっている。その他、2014年に創刊した「Blendle(https://blendle.com/)」は記事を1本単位で購読可能にしており、「ジャーナリズム界のiTunes」と呼ばれている。記事は1本あたり0.1~0.5EURで、返品も可能だ。なお、2010年に大手メディア・グループのTelegraaf Media Groep(TMG)が創刊し、2016年に廃刊した「Dichtbij」は、読者からの投稿をニュース素材とする超密着型ローカルメディアであったが、これはスロージャーナリズムには該当しないと考える。記事の大部分が分析性よりも速報性を重視したものだったためである。
(2) メディア=コミュニティ
2015年に欧州で最初に「シェアリング・シティ(Sharing City)」宣言をし、市として世界で初めてAirbnbと協業するなど、アムステルダムではシェア・サービスが広く普及している。その中で、地域性を重視したシェア・サービス・サイトが、SNSのようなコミュニティ型の交流サイトとなり、地域情報を受発信するメディアプラットフォームとして機能している事例がある。具体事例としては、ご近所さん料理お裾分けサービス「Thuisafgehaald(https://www.thuisafgehaald.nl/)」、ご近所さん貸し借りサービス「Nextdoor(https://help.nextdoor.com/)」、ご近所お出かけ情報プラットフォーム「Puur Ultjes(https://www.puuruitjes.nl/)」等がある。
(3) メディア=コミュニティ=ネットワーク
本来メディアではないものが、コミュニティ化するだけでなく、ネットワーク化している事例もある。例えば、シェア・オフィス・サービスである「Seats2meet(https://www.seats2meet.com/)」や「B.Amsterdam(http://b-buildingbusiness.com/amsterdam/)」は、様々なコミュニティを内包するだけでなく、事業者同士をつなぐネットワークとしての面も有しており、一つのエコ・システムとして機能している。実際、これらのシェア・オフィスには個人やスタートアップだけでなく大企業も参加しており、様々なコラボレーション事業が積極的に展開されている。
3. まとめ
以上見てきたように、オランダでは、参加型のオープンで新しいメディア、すなわちメディアプラットフォームともいうべきものが誕生し、その中には地域性を重視したものもある。それらが現在のところ順調に運営されている背景には、①地方分権が進んでいること、②もともと大手メディアが存在しないこと、③幼い頃から学校教育で自分の意見を述べる訓練を受けていること、④議論やコミュニケーション好きな国民性、⑤他人を気にしない合理主義的な国民性(オランダにはゴシップ誌が存在しない)、⑥社会の多様性が高いといった要因があると考えられる。
【ディスカッション】
フロア: ①メディアを支える広告業界はどのようになっているのか。②日本だとネット右翼のような人たちがいて、インターネット上で議論をすると炎上してしまうことが間々あるが、「de Correspondent」等ではそのようなことは起こらないのか。
吉田氏: ①オランダは小国である自覚があるため、広告について国内で完結することは考えておらず、欧州規模や世界規模で捉えている。②オランダにおいても右政党支持者が増加するなど右翼化傾向は見られるが、いわゆるネット右翼は存在しない。合理主義的な国民性も手伝ってか、議論が炎上することはほとんどなく、もししたとしてもすぐに鎮火する。
フロア: ①新聞やテレビ等の伝統的メディアにも変化は見られるのか。②オランダで人気のあったSNSに「Hyves」があるが、現在はどのようになっているのか。
吉田氏: ①伝統的メディアに共通する変化として挙げられるのは、ウェブサイトをニュース配信の中心的プラットフォームに据え、そこからコンテンツをテレビやラジオに切り出しているということである。昔はテレビやラジオありきだったが、それとは逆の流れが起きている。その点、日本のテレビ局のウェブサイトは、PR用媒体に留まっているように見受けられる。②SNSとしてのHyvesは閉鎖しており、現在は「Hyves Games」というソーシャルゲーム・サイトになっている。オランダではゲームの人気が高く、アンケートへの回答やゲームのプレイ等を通じて個人情報を提供すると記事が読めるような仕組みのウェブサイトも存在する。
フロア: シェア・オフィスではクリエイター・クラスが中心的な存在となっているのか。
吉田氏: シェア・オフィスには、個人クリエイターだけでなく、大企業も参加している。例えば、オランダではキャッシュレス化が進んでいるが、大手銀行は自社のサービス・デザインを向上させる際、求人を出す代わりに、シェア・オフィスで優秀なクリエイターを探すことが多い。アムステルダムの場合は、こうしたイノベーションが起こりやすい環境を市がバックアップして整備している。
フロア: 日本ではテレビが未だにメディアの中心的な存在であるが、オランダではウェブサイトをニュース配信の中心的プラットフォームとして設計しているという話があった。高齢者等は取り残されていないのか。
吉田氏: オランダは欧州で最もインターネットが普及しており、使用率も非常に高いため、高齢者が取り残されているということはほとんどない。「利があるならば、新しいものでも積極的に取り入れる」という合理主義的な国民性がその背景にはあるように思う。
以 上